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           メール・マガジン

      「FNサービス 問題解決おたすけマン」

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    ★第050号       ’00−06−30★

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     分かっちゃいるけど、、、

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     ■文中の<H><M><L>は、第46号<心の測定>で説明

      した<類別>です。 必要に応じ、「バック・ナンバー」から

      参照して下さい。

 

 

●<L>と<H>について

ともかくも書いた、として残るのは<M>。 しかし、これが容易でない。

 

第一に絶対多数派、どこにもいるタイプ、また多種多様。 うん、それが人間さ、、

では、取り立てて面白い話になりません。 第二に、多数なら当然、バラツキが

大きい。 説明に役立つ<典型>を、どれとすることも難しい、、、などなど。

 

で、一つの方法として、<H>との対比で描き出すことにしてみます、、 なら、

<L>との対比、もあり得るわけですが、<L>は(申し訳ないがビジネス社会

構成員としては)ご免被る、という前提でしたから、敢えて省略。

 

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●<H>は「急には燃え立たない」、

 

「静かな」と前号で書きましたが、それに比べ<M>はずっと「にぎやか」です。

「一を聞いて十を知る」<H>に対し、同じ性格傾向の人でも精神健康度が低い

と、「一も聞かぬうちに、十以上も知った気になって振る舞ってしまう」くらい。

だから、それほどではない<M>も「静か」ではなくなります。

 

たとえば<お祭り気分>や<舞い上がる>。 そうなることは、もちろん<H>

にもある。 が、大げさに表わすことはまず無い。 明らかにそうなっている、

と見て取れるほど表わすのが<M>。  つまり、<人間らしい>ということ。

 

 

要するに、<M>は抑制の利かせ方が<H>に比べて甘い。(<L>になると、

<利かない>) それをさかのぼれば、理性の働かせ方が緩やか、ということ。

良きにつけ悪しきにつけ振幅が大きくなるので、<分かりやすい>人ではある。

 

きわめて高度な<H>、たとえば<A−1>というのはどんな人ですか? と

故F先生にお尋ねしたら、「まあ、空気みたいな感じでツマラナイですよ。」

え?空気? 「簡単には分からせてくれない、人間としては<面白い感じ>の

しないタイプ。」 誰みたい?は愚問。 <特徴>では説明できないのだから。

 

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●モンダイ総理の「神の国」発言は、

 

F式判定基準からすると、明らかに<M>的現象の例。 人間的と言えばまことに

人間的。 何を、どう信じるもご本人の自由ですが、気楽な発言は許されない立場。

よく知った人々を前に、サービス精神か気の緩みか、世の常識からすれば不適切な

ことを、つい言ってしまった、、、  抑制、甘し。  理性の作用、緩やか。

 

そんな場合も、<H>ならスムーズに、オートマチックに、ブレーキがかかります。

 

総理に選ばれた経緯はともかく、決してキャパシティの低い人であるはずが無い。

状況次第では<H>が<M>になることもある、の実例と言うべきでしょうか。

 

 

同様、故小渕前総理も国会で「運が悪かった」。 騒がれて大あわて、「おしまい

まで聞いて下さい。ここが大切なところ。運が悪かったじゃ済まされないと、、」

なんて補ったが、一度言い切ったことは録画でも明らか。 これまた、<M>的

ミスでした。   (「総理」、「前総理」は、今号の配信予約<6/23>現在)

 

どちらも野党やマスコミに叩かれ、大変「にぎやか」な状況が生じました。 即ち、

<M>的行動は、それ自体もにぎやかな方だが、まわりをも「静か」でなくします。

そう言えば、<まわり>もまた<M>的だったり。   類は友を、、 かな?

 

*   *

 

さらに言えば、現代は総じて<M>的。 お喋り、音楽、人混み、騒音、交通渋滞、

ファッション、TV、出版物、インタネット、、、 みんな、これでもか!という

迫り方。 <狂騒>的、とでも申しましょうか、それがデファクト・スタンダード。

 

そんな時代、<H>的「静か」さを守ることはなかなか容易でなく、むしろ異様に

見えるかも知れません。 人間として追求すべきは真・善・美、と教えられたもの

でしたが、それらはどれも、本来的に「にぎやか」さとは無縁、静謐な世界なのに。

 

どうも近ごろの日本人、追求すべきものを間違えているのではないか、いや、教え

られたことが無いのではないか。 この<M>的状況も、いわば戦後教育の成果で

ありますが、<H>性を育てない<教育>は、やはり誤りなのではあるまいか。 

 

*   *   *

 

「分かっちゃいるけどやめられない、スイスイ、、」スーダラ節の主人公は、それ

が流行った当時の基準でも<無責任>、しかし未だ異端的存在だった。 まともな

人は、「分かっている」ならやめておこうよ、と言ったものですよ。

 

そう言われなくとも、内なる声がささやいてブレーキがかかれば<H>。 それが

ささやかないか、ささやいてもブレーキをかけるに至らないのが<M>。 両者の

違いは<意識の明確さ>に在る。  今はブレーキをかける方がむしろ異端的? 

 

総理、前総理、ともに「分かっちゃい」たのだろうに「やめられな」かったようで。

その地位の人には豊かであるべき<H>性が、欠けていたことの証しでもあります。

そんな人が<国民の代表>の<代表>なのですから、日本人のレベル、知れたもの。

 

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●なら、ほかの国では?

 

折も折、TVで第2次大戦中の米国大統領、フランクリン・ルーズベルトの要約的

な伝記(何しろ僅か30分!)を観ました。 一つのエピソードは<真珠湾>。

 

日本側の暗号を解いて、襲来を事前に知っていたのに、それを秘匿したという疑惑。

敢えて自軍に犠牲を強いることによって、それまで消極的だった世論を一挙に覆し、

米国民に参戦の意志を固めさせた、と推定すると色々辻褄が合って来る、、、 

 

「分かっていても、すぐには動かない」ところが<H>にはある、と書きましたが、

それは動けない、や、動きたくない、からではなく、どう動くのが良いかを考える

ための理性的抑制から。 言わない!と決めれば、そのくらい言わないし、すると

なったらスゴイことでも敢えてする。 まあ、これは極端な例ではありますが、ね。

 

 

そこに秘められていたのは、<効果>狙いの決意。 効果こそ<マネジメント>が

目指すべきもの。 「分かっていて、やめられない」人は、生じるであろう効果へ

の思慮が欠けているわけ。 秘めることが出来なかった二人の総理、まさに身から

錆を出してしまった。   やはり<上>は本格的<H>でないと、ねえ、、

 

国の<あるべき姿>を明確に意識し、断固として方向を譲らず、むしろ口を閉ざす

ことによってリードした本格的<H>は、コワイというか、ツメタイというか、、、

いわば<人が悪い>。 ルーズベルトの人の<悪さ>は、その究極バージョン。

 

比べて自ら「人柄の小渕」なんて、人の<良さ>で売り込もう、いや、売り込めた

我が国は、ヤサシイというか、アタタカイというか、、 でも、本当に人柄の良い

人なら、自分で<良い>とは言わないでしょう。 裏読みすれば故小渕氏、やはり

<人が悪い><H>なんですな。 たとえ国家的高次元<H>ではないにしても、、

 

しかし意味の無い(としか思えない)電話をかけまくった。 必要でもないこと、

<効果>的でないことに熱中するあたり、やはり<M>的ジコチュウでしょうな。

 

*   *

 

ルーズベルトは国を動かしたかった。 参戦してナチス・ドイツを叩きたいのに、

大勢は孤立主義。 それをリクツで説けばリクツで返されるだけ、誰も動かない。

そこへドイツ同盟国日本軍の<ダマシ討ち>、みんな「チキショーッ!」と来て

立ち上がる、、 いわば<M>状態。 スーパー<H>の作戦勝ち、動いた! 

 

論理では動かない人間も、感情に訴えればたちまちこの通り。 そして血を流し、

命を失うのが<M>的役回り、、、 <M>は<人が良い>んだわ、、、

 

*   *   *

 

「しない」<H>は日本側にもいました。 ワシントンの日本大使館メンバー。

色々事情があったにせよ、開戦の通告を間に合うようには「しない」で終わり、

以来、<ダマシ討ち>や<卑怯>が日本人の肩書きになってしまった。

 

ケンカを始めるのに通訳を使うバカはいない。 何を律儀に、翻訳やらタイプ

やら、無駄な時間を費やす奴が、、 <いた>のだからイヤになる。 職業柄、

<H>群でないはずは無いが、些末のことに熱中したところは<M>的だった。

真に<すべき>ことを「しな」かった。 この<かけ離れ>、モンダイですな。 

 

そんな国賊どもが、その後一人として罰せられなかっただけでなく、ちゃんと

昇進の道を歩んだという。 彼らの<上>もまた<H>群だったに違いないが、

正しく処置を講じるということを「しない」で終わっているのは<日本的>。

 

これら「しない」の根拠における共通点は、ジコチュウ! 素質が<H>でも、

掲げるステートメントがお粗末では、<H>にふさわしい成果をもたらすこと

は無い。 そして多くの場合、ステートメントを意識していない。 その結果

は<L>も同然、、 と言ったら<L>さんに失礼なくらい、、、

 

*   *   *   *

 

高次元<H>的判断の例をもう一つ。

 

エニグマ暗号機によるドイツ軍の情報を解読していたにも拘わらず、その解読

能力保有の事実を秘匿するため、古都コベントリーへの空襲を敢えて許させた

のは英国首相ウィンストン・チャーチル。 警報なしで爆撃を受け、380人

の市民が犠牲になった。 <真珠湾>より1年早い、1940年11月14日の悲劇。

 

情報戦の冷酷さ。 「分かって」もそのままを行動に反映させるわけではなく、

その情報をどう生かすか、は<効果>本位の別判断。 「大事の前の小事」?

行動「しない」という選択を「した」のも、高次元のステートメントゆえ。

 

大変だ、来るぞ! と分かれば、知らせる、備えさせる、のが<人間的>対応。

しかし、それではフツーの人。 それが「やめられない」、ついそう「する」、

のが<M>。 それで良い場合も少なくないだろうけれど、もっと大きな狙い

は達成せずに終わる、、 かも、、、

 

***************

 

 

 

●その時、F.D.ルーズベルトは

 

何も「しな」かったのか。 いえ、「した」のです。 委員会を作って、調査

させました。 そして、「日本軍の攻撃を防げなかったのは職務怠慢が原因」

と結論し、真珠湾を基地としていた米海軍太平洋艦隊の司令官キンメル大将と、

ハワイの守備に当たっていた米陸軍の司令官ショート中将の二人を少将に降格。

 

ツメタイどころではない、実に念の入った話。 敵を欺くにはまず味方から、、

にしても、そこまでやる必要が、、 あったんでしょうな。 二人には気の毒

だったが、これで全員がピリッと引き締まった、、 に違いない。

 

彼らの名誉回復は何と半世紀後、昨年5月25日、米上院決議によってでした。

大嘘を謝るべき人、被った大迷惑を謝られる側、ともに世を去っていましたが、、、

 

 

兵法の常識が高度に実行されて、沢山の人がヒドイ目に遭いました。 それが

平然と出来るのが本格的<H>、、 なら、わたしゃ<M>で結構、、 かな?

 

もちろん<M>にもコワイ人はいますが、そこまでの凄みや深みはありません。

狙いが何か、見れば察しがつく。 表情、態度、言葉、行動、、などに出ます

から。 <H>は抑制が利いているだけに、容易に読ませてはくれない、、、

 

情動性、欲動性マイナス傾向の人に<抑制的>と言うべき<性格>があります

が、<H>における抑制は、あくまでも理性的。 意識的な制御、、 です。

 

前後左右に配慮して、どう行動すべきか調整する。 即ち、< well-adjusted >。

しかし故F先生、「過剰適応というのは、人間的には荒廃」とも言われました。

その人らしさが出る<M>の方が、俗世間的には幸せなのかも知れません。

 

*   *

 

特定の WANT に大きすぎる重みを付けてしまったり、ある案の肝心部分の評価を

誤ったり、しかも自らは気付かず、また他に意見を求めずに決め込む。 まして

「マイナス影響」には想いが及ばない、、、 カタヨリ、ヌケ・モレの<M>。

 

<突出>と<不十分>、気が乗れば行動に移るのは早いし、熱中もする。 だが、

当たり外れはあり得る、、、 おお、愛すべき<M>!  相手がその<M>で、

 

<下>の場合は助けてやれるが、それでもかなり気を遣わなくてはなりません。

あいにく<上>が、、ならもう従うのみ。 ただちに<潜在的問題分析>開始!

 

                            ■竹島元一■

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